やる気の有無の嘘【エッセイ】

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やる気がある時はやる気には有無なんて感じられなくて、やる気がない時はやる気の有無を感じる。

矛盾してますね~~~~。でもまぁそんなもんなんじゃないでしょうか?

やる気に満ちあふれている時ってどんな時でしょうね。やる気があるとか無いとか、そんなこと考えている暇もなく夢中になっている時かな?

やる気が無い時ってどんな時でしょうか。やる気がないよ~~無気力だ~~~~って、やる気が無いの所為だとして殻にこもっている時かな?

ぶっちゃけ心の持ち様ですべては変わるんじゃないかと思っています。

いわゆる前向きだとか、運が良いとか、そういうのを決めるのは結果的に後付された感情だからです。

突然大雨に見舞われて普段ならほとんど入らないコンビニで傘を買う羽目になった。

翌日にも外出中にいきなり降り出したものの、昨日買った傘があったのでしのげた。

幸運でしょうか?不運でしょうか?

無駄な出費だったかもしれませんが、もしコンビニで偶然欲しかった商品を見つけられたのなら、その場で喜んだり嬉しかったりの感情が生まれたかもしれませんね。

まぁちょっと極端な例でしたけども、だいたいの結果について後付で評価しているだけなんです

だからこう、やる気が出せない自分が嫌だとか、やる気があればもっと結果を出せるのにとか、やる気の問題にしちゃうのはちょっともったいないかなと思うわけです

というのも、実際僕自身がやる気のある/ないで振り回されてますし、どうやったらやる気は上がるんだろうとずっと考えてました。で、色々考えたり検索したりで自分を納得させる回答は…正直にいうとありませんでした。

だからもうやる気のあるなしで行動しないままでいるのがどうも面倒で、面倒っていうのはやや語弊がある気もします。やる気があるだとかないだとかで変われない、一度決めても揺らいでしまう自分が嫌で、そんな自分を変えたくて、だけどやる気すらもコントロールするどころか、やる気に支配されてしまっているままが怖かったのです

そんなわけでやる気があるとかないとかにはこだわらないで、とりあえず手を動かして身体から入る。

頭で考えすぎで止まってしまう

考える頭があるとかそういうのもナシ

とにかく動く

どうしても気が散るなら時間を区切る

そうしてちょっとずつでも動いてずっと頭で考えることだけをやめてやる気の支配から逃れること

で、こんな感じのコラム?エッセイを書いているところです。

長らく更新してなかったブログも、まぁ十中八九これでしょう。やる気の問題です。ブログを書く理由とか、ブログで稼ぐ方法とか、とりあえずそんなもの置いといてやってみれば手は動くし、こんなこと書けるんだなーって自分に対してちょっとだけ評価してみたり。

動作を始めるにはパワーが必要だと思っていましたが、案外そうでもないようです

僕はだいたいスロースターターだと感じています。動き出すまでは遅いけれど、動き出したらまぁまぁボチボチ動くタイプです

で、そのスロースターターなエンジン気質だと思い込ませていたのも良くなかったように思いますね。

石臼で何か挽いたことあります?

石臼って動かし始めが重くて、動き出したらもうそりゃクルクル動くんですよ。

まさにあれだと、自分を信じていて「動き出せばいいってのはわかるけど動くのにエネルギーがかかりすぎる」のが原因で、少しも動こうとしなかった。で、動こうとしないところに「やる気がない」っていう責任転嫁で今まで過ごしちゃっていたわけですよ。

だからもうその辺を考えるのをやめることにしました。

やる気があるな~~!って自分が感じられるのであれば、信じる。やる気はあっていい方向にすすめる。

やる気がななぁ・・・と思うのであれば、とりあえず何か何でもいいからやる。やる気なんて存在しない。だから自分で動く。

もう本当にどうしても動けない場合は身体を休めるっていう魔法だけ残しておいて、基本的には身体を動かすのが処方箋ですね。

普段ブログを書くときは見出しとか中身とかある程度考えてから書いてますけど、今回は勢いのまま書きました。ブログを書く気がないんじゃなくて、動けなかっただけだと自分に証明してあげたかったのかもですね。

ま、人生いろいろあると思いますけど、程よくボチボチやっていきましょう。

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